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2018年2月法話 『幸せ談義』
幸せ談義
寄合とは集会のことだが、現代用語から消え去り、落語の世界に細々と残っているくらいだろう。とはいえ、寄合という言葉の響きは気がるであたたかい。
そんなことで、寄合の風景を紹介しよう。
軽妙酒脱な寄合談義
「いつもの顔がそろったが、幸せそうな顔はおみうけしませんな」
「そういうお前さんはどうなんだ。シケた顔をさらしてよくうろちょろ歩けたもんだ。そういうのを〝ハジッサラシ〟というんだよ」
「なんだと…」
「まあまあ、お互いさまなんだから、ケンカはあとにして健全なはなしをしましょうよ。ところでみんなにお聞きしますが、何がいちばん幸せか」
「そういわれると心当たりがある。お金!!。お金はいいぞ。夢にまで見る」
「夢でしか見たことない奴が何をいうか」
「みんなはどう思う。幸せは金か」
「そりゃそうよ、金さえありゃなんでもできる。俺りゃ金が大好き。だが向こうさまが嫌って寄りつかねぇ」
「わたしは考えるに、お前は金持ちになれない。なにしろ金持ちはケチでないとなれません」
「しかしなあ、お金があっても家庭不和じゃあ幸せとはいえないし。そうだ。家庭円満が幸せのもとだと思うね」
「だがよ。家庭を持ったら持ったで心配事はあるし…」
そこにふらりと入って来たのは呑気のトラ
「なんですかその恰好は。顔をしかめて、むずかしいお話ですか」
「そんなんじゃないよ。幸せのはなしをしてた。ところで、トラよ。幸せってなんだと思う」
「いきなり来なすったね。それではお答えいたしましょう」
「なんだよ。急にきどってさ」
「まあ、お聴きなさいよ。これは簡単なようでむずかしい。哲学的に申せば、みんな幸せでないから幸せを語るというわけ。これをないものねだりという」
「なるほど一理あるね。では、トラ先生はどういうお考えですかナ」
「先生ときなすったな。では、おはなししましょう。さっきここに来る途中で財布をすられた」
「それじゃ不幸ではありませんか」
「なになに、残念ではあるが不幸ではない。わたしはこう考えた。私の前世はドロボーだった。人のものを盗んだりしていた。だから、その報いでこの世では逆に盗まれ役になったというわけ。まあ巡り合わせだ」
みんなはうなずいて、もしかしたら、トラがいちばんの幸せ者かも知れないと思った。
幸せって見方次第かも。